フランスにおける建築家の職能
La profession dユarchitecte

赤堀 忍 Shinobu Akahori

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公共事業とコンクール

ライプチッヒ美術館 コンクール案日本の建築家は決まって住宅の設計から始めるといってよいが、フランスで建築家が住宅の設計をするということは比較的少なく14%である。大都市内の特殊な住宅か、別 荘等の特殊な場合を除いて、多くが住宅メーカーによって建てられている。170平方メートル以下の住宅に関しては建築家が必要ない。そのため、建築家の重要な仕事は公共事業にある。そこでフランスの建築設計の発注制度について述べておこう。
フランスでは公共工事の建築設計の発注は設計料の額によって幾つかのカテゴリーに分かれて規定されている。ひとつは国・自治体等は競争入札の手続きを踏む必要はあるが、自由に設計者を選択することができる。あるいは、国・自治体は工事に対する設計があることを公示する義務があり、設計者側は必要書類・レファランスを提出し、その応募者の中から国・自治体はネゴシエーションの上、適切な建築家を選定することができる。更に、国・自治体は工事に対する設計があることを公示する義務があり、競争入札の義務があるが、設計者の選定に関しては建築家とネゴシエーションすることができる。最後に、コンクールをしなければならない場合、国・自治体はコンクールの概要を官報やモニターという雑誌等に発表する義務があり、それに対して建築家達が応募し、その中から4、5チームの建築家が選出され、設計競技をすることになる。 ここに挙げた発注制度の規定は基本的に新築工事に対して適応されるが、改装・改修・増築に関しては例外となる。例えば、既存の400戸の集合住宅での改修工事は発注設計料が高くてもコンクールの義務はなく、公共事業体は公示の後に設計料のネゴシエーションの末、建築家を指名することができる。
コンクールに選ばれた建築家達は約2ヶ月後にプロジェクトを提出する。アイデアだけでなく、工事概算見積り、仕様、設計料、誓約書も提出しなければならなく、一種の設計入札である。以前は各建築家によるプレゼンテーションがあり、建築家は審査員と顔を合わせることができたが、数年前からEUの委員会の決定により無記名になっている。これには賛否両論ある。プレゼンテーションの旨い建築家はプロジェクトが詰めてなくても、その場で審査員を巻き込むことができる。逆に、匿名のほうが客観的な判断がされ、好ましいという建築家もいる。いずれにしても一つのプロジェクトが選ばれ、基本的にはその案が実施されることになる。しかし、場合によっては審査委員会で選ばれたプロジェクトでないものが建設されることもある。当時、大統領であったミッテランが選んだセビリア万博のフランス館がその例である。こういった場合、もちろん裁判等を伴うが決定者は民主主義の多数決の論理ではない強い意思がある。 このようにして行われるコンクールに参加し、要求を満たしている建築家には一様に報酬が支払われる。その報酬はエスキースか、基本設計に近いものか、コンクールの程度によってかなり異なる。日本にはこのような慣習がなく、ほとんどの場合が無報酬である。コンクールに対する基本的なところに意識の違いがある。日本では知的作業に対する報酬があまり認められていない。フランスでコンクールは知的作業の報酬が生じるものと考えられており、オープンコンペが少ないのはそのためかもしれない。
確かにコンクールにすると施主側としては経費と時間が掛かるのでなるべく避けようとする傾向にあるが、新しいアイデアを求めるために積極的にコンクールにすることも少なくない。
我々のような外国人にとってはコンクールが唯一仕事を得る手段であるし、フランスは外国人でも公共の仕事ができる。
アルバム・ドゥ・ラ・ジュン・アルシテクチュ80年代の初めからフランス政府は若い建築家を発掘するためにアルバム・ドゥ・ラ・ジュン・アルシテクチュー(Albums de la jeune architecture 若い建築アルバム)という、各建築家の簡単な作品集を年間10人前後が選んで作っていた。応募資格は一つコンクールに入選していることで国籍は問わない。このアルバムは3千部ほど印刷され、国の機関や各自治体、民間のプロモーターや各報道機関に配布される。当時のフランス建築界で登竜門になっていたといってよい。国が個人のプロモーションをしているといっても過言ではない。しかし、タイトルから分かるように目的は若い建築家ではなく、あくまで若い建築が対象となっている。現在活躍している40代の建築家のほとんどがこのアルバムを足掛かりにコンクールを経て、仕事を始めていったといってよい。
残念ながらこのコンクールは90年代半ばでなくなってしまった。現在、若い建築家にとって残されたオープンなコンクールと言えばPAN(Programme Architecture Nouvelle)で新しい建築プログラムといって最初フランスで始まり、今日ではヨーロッパの国々がこの方式を取り入れて、PAN Europeとなって成果をあげている。これは自治体がプログラムと敷地を提供し、そこに若い建築家達が国籍を問わず応募する。優勝者はそこでコンクールとは違ったものになるが何らかの形で建築を作るチャンスを得ている。

建築家の設計報酬

前にコンクールに対して作業の程度に応じて報酬があることを記したが具体的にどの程度なのか。パリとパリ郊外を含むイル・ド・フランス地方圏が主催のヴェルサイユにある高校の改修工事のコンクールに審査員として参加したものを例にとって見る。
参加者選定の審査員の構成メンバーは県の建設の長を頭に半分ほどが建築以外の人間であり、残りの半分が建築家を含めた建築関係者であった。応募者は著名建築家から若手建築家まで様々であり、コンクールの重要度が伺われる。審査の結果 、名が知られた建築家は残らなく、若手中心に建築家が選ばれた。そして、コンクールの結果 が出るまで10ヶ月の時間を要している。この場合、改修・増築工事であり、コンクールにする必要はないが、イル・ド・フランス地方圏ではほとんどの改修工事の設計をコンクールにしている。
このコンクールの概算をみると、地方圏の工事予算額は8500万フランに対してコンクールの参加料は1チームに対して30万フランであり、およそ基本設計料の10%程度に相当する。模型も要求されていて、コンクール参加料のうち3万フランが模型製作費用として当てられている。各建築家がプロポーズした実際の設計料は約900万フラン前後で、ほぼ10,5%である。学校を使いながら改修及び増築工事となるので難易度は高く、それが設計料にも反映されている。  フランスではコンクールが定着しているし、日本のように会社組織でないと公共事業体の入札に参加できないということはなく、個人でも参加することができる。建築家が工事全体に対してコンセプションから工事終了まで責任を取らなくてはならないし、建物に対して業者と同様に10年間の保障をしなくてはならなく、建物に対する賠償から弁護士の費用までカバーしている保険に入っている。何か問題があった場合、日本では施主が施工業者に話をして解決を求めるでしょうが、フランスの場合は真っ先に建築家が呼び出される。建築家の責任が重い分、それに対する報酬も保障されているのです。